日本を代表する小説家、宮部みゆきさんが作られた”クマー”というかいじゅうのお話。
宮部さんの小説『悲嘆の門』に登場する絵本を現実に作ってしまったというもの!
もともと『悲嘆の門』でノルウェーの翻訳絵本という設定だったため、北欧の絵本感がスゴイです。
”フィヨルド”という氷河に浸食されたできた入江とその入江をかこむ美しい山、そばにある”ヨーレのまち”が舞台となり、その絵だけでも北欧感があります。
さらに教会が悠然と建っている街の様子や人々の衣服が高さのあるハット、サスペンダーというまさに「日本ではありえない」という様子なのも北欧っぽいです(笑)
あらすじ
お話は「クマーは、かいじゅうです」の一文とそれはそれは美しい森の風景からスタート。
動物に愛され、この土地を愛する心優しいクマーは毎晩、悪い怪獣たちから街を守っています。
でも、その事実は誰も知らない。
なぜならクマーは透明だからです。
クマーは誰に頼まれたわけでもなく、誰に感謝されたいわけでもなく、ただその場所が好きだから守っていた。
ところが、クマーが怪獣退治でツノを失ってしまってから、状況は一変し…クマーは、切ない決断をします。
とても悲しいストーリー。
クマーの決定とそれを実行する様子を見ていると、クマーの愛情の深さに感動してしまいます。
涙なしには読めないお話です。
さらに絶妙な配色でどのページも美しい佐竹美保さんの絵が、この絵本を完璧な泣ける絵本にしてくれています。
この絵本がいったいどのようなかたちで小説に登場するのか、宮部さんの小説『悲嘆の門』とはどのようなお話なのか気になりますよね。
そこで、小説についてもなるべくネタバレしないように紹介したいと思います。
宮部みゆき『悲嘆の門』
宮部みゆきさんについて
まず作者についての基礎知識からです。
宮部みゆきさんは、東京都出身の女性。
1987年に『我らが隣人の犯罪』でオール讀物推理小説新人賞を受賞して作家デビューされました。
宮部さんは、数々の文学賞を受賞された作品や『模倣犯』『ソロモンの偽証』など実写化された作品も多く書かれています。
小説『悲嘆の門』について
『悲嘆の門』は2013年から2014年に週刊誌「サンデー毎日」で連載された長編小説です。
長編ということで、単行本でも上下巻、文庫になると上中下巻という読み応えのある作品になっています。
そんな『悲嘆の門』の主人公は大学1年生の三島孝太郎。
彼は先輩に誘われ、インターネット上の犯罪につながりそうな情報などを監視・調査する”サイバー・パトロール”が仕事の会社「クマー」でアルバイトを開始します。
そこである殺人事件の担当になり、その調査をする過程で色々なことが起き、だんだんと主人公は変わっていく。
「変わっていく彼はどうなってしまうのか?」「殺人事件の真相とは何なのか?」というストーリーです。
もうお気づきでしょう、主人公がアルバイトするサイバー・パトロールの会社は「クマー」ということで、絵本『ヨーレのクマー』からつけられています。
「クマー」の社長が好きだった絵本のキャラクターからつけられた会社名です。
主人公は偶然、古書店でその絵本を見つけて読み、アルバイトすることを決意します。
小説『悲嘆の門』において、とても大切なアイテムの絵本を実際に作ってしまうとは…なんて素晴らしいのでしょうか!
その心意気も絵本も素晴らしいですし、もちろん『悲嘆の門』も素晴らしく面白い。
ジャンルとしては、ミステリーかつファンタジーという二面性を持った小説で、宮部さんの小説『英雄の書』の続きのような感じです。
やったことは返ってくる
読むと、言葉の重みや恐ろしさを感じずにはいられません。
宮部さんご自身も『悲嘆の門』が発売された当時に毎日新聞の著者インタビュー 宮部みゆきさん 新作「悲嘆の門」を語るで以下のように語られています。
言葉を生業にしている小説家以上に、ネットは言葉が行動、言葉だけが発信者の存在そのものなので、それはそれで怖いなと思います
おっしゃる通りです。
ネット社会となった現代には、とても重いテーマですよね。
よく言うことですが「自分がしたことは必ず自分に返ってくる、良いことも悪いことも」ということを感じられる小説です。
「これからは、よいことをしたり、よい言葉を発していこう!」と本気で思いました(笑)
今までの自分を反省することもあるかもしれませんが、小説も一緒に読む方がオススメです!
動物に好かれるやつに悪いやつはいない!
クマーがいかに森を愛していて、森や動物たちに愛されているのかは、絵を見ていればすぐに分かります。
クマーの後ろ姿は優しさと頼りがいがあり、愛するものを守るお父さんのようです。
そして、クマーの背中に抱きつくアライグマや寄り添うウサギやリス達からも、クマーへの愛を感じずにはいられません。
本当なのか定かではないのですが、やっぱり動物に好かれるやつに悪いやつはいないと思うんですよ。
だから、わたしは心底クマーは良い怪獣だと思います。
その裏付けとも言えるのが、クマーがツノを失い、ある決断をすること。
「そんな決断は、悪い怪獣じゃあ出来ない…というか、たとえ良い怪獣だったとしても出来ない!」と思ってしまい、涙がこみ上げてきます。
更にクマーがその悲しい決断をした後も、それまでとは違った形で街を守っていることや最後の見開きページの文章と絵を見ると…涙腺は崩壊。
繊細で美しすぎる絵を見ていると、さらに悲しみが増えていきます。
青が美しく、なんとなく寂しい感じのする絵を描かれているのは、佐竹美保さん。
スタジオ・ジブリの『ハウルの動く城』原作のファンタジー小説『魔法使いハウルと火の悪魔』のイラストなどを手がけている方です。
「ファンタジーといえば、佐竹さん!」と言っても過言ではないほどたくさんのファンタジー作品を描かれています。
佐竹さんが描くと、悪い怪獣すら愛らしいです。
「とにかく泣こう」なんて日にはこの『ヨーレのクマー』がぴったり!
ぜひ読んでみてください。